TEXT

午前三時のカップ焼きそば

 最近になって頻度が落ちているのは確かだが、涼宮さんの生み出す閉鎖空間は、今でもまだときどきふいに僕の眠りを妨げる。
 ここのところのそれは真夜中から明け方近くに限られていて、おそらくは涼宮さんが悪い夢でも見たせいなのだろうと思われた。
 ずいぶん平和な理由であるし、発生する閉鎖空間も規模が小さく、おかげで僕の仕事はかなり楽になってきている。
 まれには出動しなくていいと言われることさえあった。僕が行かなくても人手は足りているのだという。それはそれでありがたかったが、しかし仲間にすべてを任せておいて、僕だけが再び安らかな眠りに戻れるかというとそうではなかった。
 そもそもが閉鎖空間の発生と同時に、僕の中の得体の知れない感覚はぴんと研ぎ澄まされて、それは閉鎖空間が消滅するまでつづく。熟睡しているときでもはっとして目が覚めるくらいだから、おいそれと二度寝のできる状態ではない。
 ベッドの中でじりじりと焼けつく神経を抱えて目を閉じていると、いっそ起き上がって戦いに行くほうがましなんじゃないかと思えてくるほどだ。
 それでも僕に出動命令が下りないのには理由がある。SOS団の一員として、涼宮さんの身近に潜入している僕という人材を、機関は少しでも休ませ温存させたいのだろう。大切にされているのは僕個人ではなく僕の今の立場だ。
 わかっている。
 僕はため息をひとつつくと、ベッドから起き上がった。眠れもしないのにベッドで身体を丸めていると、かえって余計なことばかりを考える。こういうときは諦めて、起きてしまったほうがいい。
 張りつめた感覚をなだめるために、僕は読みかけの本をめくってみたり、ラジオをつけてみたりした。しかし何にも集中がつづかない。真夜中だからあまり大きな音を立てるわけにもいかないし、出かけられる場所もない。
 困り果てて部屋を見回した僕の目に、ふとテーブルの上のカップ焼きそばが留まった。ぽつんとしたそれは、昨日、彼と一緒にコンビニに立ち寄った際、「差し入れだ」と言って押しつけられたものだった。
 彼は意外に観察力がある。僕が疲れたと感じているとすぐに気がつく。
 顔にそんなにわかりやすく疲労がにじんでいるのだとは思えない。それが証拠にほかの誰かに指摘されたことはない。それなのに彼だけは、あまりにたやすく僕の嘘を見抜いてしまう。
 気づいたところで、特別な能力を何も持たない彼には僕を助けることはできない。それだから多分余計に彼は僕に同情してしまう。僕を憐れに思ってしまう。
 僕はそれを不愉快に思ったりはしない。まったくしない。
 正直言って彼の同情はひどく心地よく、そのままずるずると甘えていってしまいそうで、最近の僕はそんな自分の心を引きとめることに必死だ。なりふりかまわず、見苦しいくらいに彼から逃げ出そうとしている。
 でもやはり、彼の引力をふりきることはとても難しく、また自分が本当は、逃げ出したいなんて思っていないと知っている。
 どうしたらいいんだろう。
 わからない。わからないけど、なぜか僕はキッチンに立ち、やかんでお湯を沸かしてカップ焼きそばを作っている。
 こんな時間に食べるのは不健康かもしれないと思いながら、僕は割り箸を手に、湯気を立てる四角いパッケージに手を合わせる。
 安っぽいソースの匂い、やわらかくたちのぼる湯気とあたたかさに、名づけようのない慕わしさのようなものが胸をふさぐ。
 応える者のないひとりきりの部屋の中へ彼の名前をそっとつぶやく。
 なにげなく視線を上げると、壁にかかった時計の針はちょうど午前三時を指していた。

[20070911]