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酔っぱらい

 酔ったときの彼はたちが悪い。
 そのことを僕はこれまでさんざんに思い知らされてきているわけだが、この日もまた例に漏れず、彼は本当にたちが悪かった。
 零時すぎに帰ってきて、自分でも鍵を持っているはずなのに、玄関のベルを何度も鳴らす。僕が中から開けるまで鳴らす。あげく、僕にべったりと抱きついて「歩けない」としなだれかかる。
 でもあなた、ここまでひとりで歩いて帰ってきたんですよね。
 すっかり冷えた外気の匂いを彼の髪やコートの布地の上に僕は嗅ぐ。まったく自分で歩くつもりのない彼をしかたがないので抱えながら、苦労して彼の部屋のベッドの上まで運ぶ。これはかなりの重労働だ。最初にまず靴を脱がせないといけないし、鞄は玄関に放置するとしても、歩きながら服を脱がせるわけにもいかず、かさばるコートやセーターは着たままだ。
 ようやくベッドへたどりつき、とりあえずエアコンのスイッチを入れ、すぐさま眠ってしまえるようにとコートを脱がせようとする。
 と、そういうときに限って彼は、僕にぎゅうぎゅうしがみつき、アルコールくさい熱い息をふりまきながら「しようぜ」なんて言うのだった。
「いやですよ」
 僕は彼の抵抗を無視してとりあえずコートだけは脱がせることに成功する。ほかの衣類はもう皺になろうが知ったことではない。
「こんなに酔っ払ってたんじゃ、あなた勃たないでしょう」
「そんなことない」
 彼は言葉だけは確かだが、目は潤みきって、身体がふらふらゆれている。
「今はとにかく眠ってください」
「いやだ」
 駄々をこねるという表現がぴったりの仕種で彼は首をふり、おもむろに僕の首に腕を回して、一緒にベッドに倒れこんだ。
「古泉」
 耳もとでうわごとみたいにつぶやいて、彼は僕にキスをしかけ、それから首筋を唇でたどり、また両手を使ってたどたどしく、僕の下半身をさらけ出そうとする。
 僕はそんな彼の髪にそっと指をくぐらせる。
 冷えているのは表面だけで、皮膚の温度はずいぶん高い。高熱を発している患者のような、あるいは幼い子供のようなその体温が、僕の指先にじわりとしみ込む。
 こんなふうに素直に欲しがられて、嬉しくないとは決して言えない。
 だけど。
「どうせ忘れてしまうんでしょう?」
 熱を持った彼の耳に唇でふれ、僕はささやく。
 これまでにも経験がある。酔いがすっかり回った彼は、それが醒めると、酔っていたあいだのできごとをきれいさっぱり忘れてしまう。僕の献身も、ふだんは絶対口にしないような彼の言葉の数々も、みんななかったことにされてしまう。
「…忘れない」
「嘘ばっかり」
「…忘れても、それは嘘じゃない」
 彼はそんな、哲学的なのか酔っぱらいのたわごとなのか、どちらとも知れないことを言って長い息をついた。
 僕は深く追求することをあきらめる。彼の重みと彼のあたたかさをただ受け止める。
 どのみち僕には彼に逆らうことなどできはしないのだ。
「責任、とってくださいね」
 僕がささやくと彼は陽気に笑う。まったくどうしようもない。
 本当にたちが悪いと心の中でため息をつきながら、僕は彼の熱に溺れていった。

[20071227]