最後のキス
帰り道に古泉とふたりきりになることなんてそうそうなくて、たいていはSOS団五人で団子になって坂を下るわけだが、なんとなくその際、俺と古泉は隊列の最後尾を護るみたいに少し遅れて歩くことが多い。
女子に聴かれちゃまずい話をするにはうってつけの時間だが、特別そんな用事があるってことも多くはなく、ていうかそんな秘密の話ならこんな場所じゃなくてあとから電話でもメールでもすりゃあいいってことだ。
放課後、部活が解散になったあとで、ひそかに俺が古泉の部屋を訪ねるのはいまさら珍しいことでもなんでもない。
それなのに、なんだってんだろうな、古泉はいつまでも人前じゃ仰々しい態度を崩さない。確かにハルヒに俺たちの関係を知られたら困るのは事実だろう。俺は眉唾だと思ってるんだが、ハルヒ神様説をいまだに捨てきれないでいる古泉にとっちゃ、うかつな言動は即、世界の終わりを意味するらしいだからな。
そんなことはありえないって、俺は何度こいつに言い聞かせてやらなきゃならんのだろうか。
おだやかな横顔で隣を歩く古泉を、俺はそっと覗き見た。ふいにわずかな苛立ちを感じて、その手のひらの中に自分の手をすべりこませた。
驚いた目を向けてきた古泉に、そっと口の動きだけで伝えた。
これからおまえんち行く。
少しの躊躇、そしてうなずき。古泉の反応は至って静かなもので、前方を行く女子の誰にも気づかれなかった。
俺は最近それが少し気に食わない。
もともと性分として、隠しごとや嘘が得意じゃない。そんな潔癖に否定したりはしないが、落ち着かないってのも事実だ。
なあ古泉、俺は別にみんなにバレたってかまわないって思ってるんだぜ。
そんなことを、それから一時間ほどしてから古泉の部屋でささやいてみたが、古泉はそれに悲しそうな顔をしただけだった。
玄関入ってすぐのところでがっついたキスをしていたくせに、わずかに顔を離して目を伏せて、僕は、と小さくささやく。
「いつでもこれが最後のキスになるのではないかと思っているんです。次の瞬間に世界が終わってしまい、二度とあなたにふれることができなくなる。そんなことが起こるのではないかと僕は真剣に考えてしまう」
「アホか」
俺は古泉のシャツの襟首を掴み、強引に唇を合わせた。ちょっとだけ。ふれるだけだ。
「ほらもうこれで、さっきのは最後から二番目のキスになった」
なにやってんだ俺、これはちょっと恥ずかしいだろと思いつつ、こうでもしないと古泉はいつまでたっても納得しようとしない。
やりたきゃ何度でもやればいいんだ。悲観的な発想が頭から吹っ飛ぶくらいに何度でもな。
古泉はきっとまだ割り切れたわけではないのだろうが、淡くきれいに微笑んで、最初のあれを最後から三番目のキスにした。
[20080920]