さらさらと
「意外だな」
俺のつぶやきを耳ざとく拾って、古泉はふりむいた。
ハルヒが学校の裏の林から盗んできた笹が仰々しく窓辺に飾られている。古泉はそれにくくりつけられている色とりどりの短冊を、ずいぶん長いあいだぼんやりと眺めていた。
「意外、というのは?」
なにやら感慨深げな目つきに見えたのだが気のせいだろうか。古泉はいつもの平坦なスマイルを浮かべて俺に尋ねた。俺の発言なんかどうでもいいんだ。しかし訊かれた以上は答えないわけにもいかない。
「おまえの字だよ。案外雑なんだと思ってな。おまえが日頃くどいくらいにくりかえしてる『ハルヒがイメージする完璧な副団長像』に、その字は似つかわしくないんじゃないか?」
薄緑の短冊に書かれた古泉の字はお世辞にも達筆とは言い難い。世界平和に家内安全。その内容にはまあ、ふれないことにして、あえて字だけに目を向けようじゃないか。ものすごい悪筆というわけではないが、とめ・はね・はらいが全部いいかげんに省略された、なぐり書きの印象の強い字だ。
「この字ではいけませんか」
古泉は困った顔をした。お。どうやらこいつは自分の字がきれいじゃないことに気づいているようだぞ。
「いけないとは言わんが」
俺は肩をすくめた。読めないほどひどいってわけじゃないから俺にとっては問題ない。
古泉はふと周囲に視線を巡らせ、ハルヒが近くにいないことを確かめた。部屋の中だけじゃなく、廊下にもその気配はない。あいつは今日は掃除当番だ。あと十五分は来ないだろうよ。
「実はこれでも練習したんです。転校してくる前にペン習字を少々習いましてね」
俺の耳もとに顔を寄せ、こそこそとささやきかけてこられた言葉に少し驚いた。ペン習字をやってこれなのか。
「前はどれだけひどかったんだ」
思わずもれた本気の言葉に、古泉は腕組みのポーズをとって苦笑した。
「あなたが想像するほどではなかったと思いますよ。練習したわりには、あまり改善されなかったのです。文字よりも別のことが上達してしまいましてね」
「別のこと?」
俺の質問に古泉は一瞬ぴかりと目を輝かせた。嫌味なくらいに長い足を動かし、黒板の前へと移動する。何をするのかと思いきや、白いチョークをとって、さらさらと何かを書き出した。
「!」
「どうです、似てるでしょう」
古泉は満面の笑みで自慢気だ。相当自信があるものと見える。確かにそれも納得だ。似ているか似てないかっていったらもちろん似ている。俺の記憶はかなりあやふやで確実なことは言えないが、実物と照らし合わせてみたら、おおっと感嘆の声を上げちまうくらいに似てるんじゃないだろうか。
俺があぜんと見つめる黒板には、多分日本で一番メジャーなペン習字のマスコットガール、ビューティフルの一文字を名前に持つ女の子が描かれていた。
「練習するものを間違ってる!」
俺の鋭い指摘を古泉は思いきり笑いとばしたが、廊下から獰猛な女の足音が聞こえてくると、顔色を変えて飛びつくように黒板消しを手にとった。
ああ、急げ急げ。俺は手伝わないからがんばれよ。
おまえのそのやたらと上手な似顔絵は、雑な字よりもずっとおまえのイメージを崩しちまうからな。
[20090707]