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Someday in the Snow

1 十二月

 年越しそばを食う手もとまりがちな、王位継承問題についての心痛で儚くため息をついているところの妾腹の第四王子みたいな顔をした古泉は、俺が言うのもなんだが憂い顔がさまになりすぎて、いささか腹立たしいほどだ。
 女の子たちにきゃーきゃー言われそうな顔と言っても差し支えはないが、あいにく今この場に集っている女子たちは世間の標準からは大いに外れているため、古泉がどれだけ麗しく首を傾けて目を伏せようと、誰ひとりとして注目すらしない。これはこれで哀れと思うべきなのか、しかし古泉としてはそんな憂鬱な顔などほかの女子に(特にハルヒには絶対に)見せたくはないはずで、だから今、古泉の憂い顔がきれいさっぱり無視されているのは、こいつにとっては喜ぶべきことなのだ。
 という理性の判断とは別に、俺としては少しだけ気の毒にも思っている。なんといってもSOS団にふたりきりの男子だ。お互い、つらいよな、うん。
 雪山で遭難したり変な館で幻を見せられたり、さらには本来のメインイベントであるべき推理ゲームを無事さきほど終了し、古泉はすっかり疲弊しきっているようだった。
 こいつは案外気が小さい。ハルヒを満足させられるだけのトリックを考え出し、さらには実演してみせるということで、神経をすり減らしてしまったに違いない。もともとパスタの細麺くらいの太さだったのがいまや髪の毛一本レベルだ。目に見えるようだ。
 だいいち自分のしかけたゲームについて、どうでしたかなんて俺に聞いてくるようじゃ、相当に自信がなかったのがもろバレだ。そんな不安そうな目で見つめられたら、なんだか腹の底がもぞもぞしてくる。落ち着かなくて、放っておけないような気になっちまうだろ。
 しかしこうなることは最初からわかっていた気がする。
 自称・犯人にも計画犯罪にも探偵役にも向いていない解説専門のエスパー少年は、推理ゲームが成功しようが失敗しようが、ストレスで消耗するばかりか、胃腸の具合も悪くしちまうんだよな。
「古泉」
 いっこうに年越しそばに箸が進まない様子を見かねて、俺はそっと炬燵の陰から古泉に小さな壜を差し出した。古泉が当惑した目で俺を見る。
「がんばったおまえに差し入れだ」
 ひそひそとささやき声で告げるのは、手渡したものの内容を、ハルヒやほかの女子たちに悟られないようにという配慮の結果だ。せっかくのきらきらしい(最近では崩れかけてきているようだが)古泉一樹像を崩しちまうのも哀れだからな。
 古泉は手のひらにすっぽり収まる小壜のラベルに目を走らせ、一瞬息をとめた。
「……なぜ?」
「……孤島のときにな、見てたんだよ」
 ぼそぼそと答える俺の声はずいぶん言い訳じみている。ああうるさい。気がついちまったものはしょうがないだろ。
 今回の前哨戦とでも言うべき孤島での殺人劇も、こいつが仕組んだものだった。あのときと今では多少は状況が違うが、責任の重さにかけては遜色ない。当時はまだ古泉は俺たちにあまり気を許していなかったから、その内心もまったく開けっぴろげではなかったが、それでも俺はこいつが食を細らせ、やたらとトイレに行くところを目撃している。
 ストレスで胃をおかしくするタイプなんだとピンときたね。
 そんなわけでだ。夏とほぼ同じ状況に古泉が追い込まれる今、俺が差し出すべき最高の好意を表す品といったらこれしかない。
 胃薬だ。
 古泉は大きすぎる飴をうっかり呑み込んじまったような顔つきをしながら、手の中の壜をまじまじと眺め、その形を指でなぞった。
「あ、りがとうございます…」
 どこか複雑そうな声で古泉は礼を言った。やばい、迷惑だったか。
「いえ。あなたが僕のことを気にかけてくれるというそれだけで僕は」
 古泉は長い指を折りたたみ、丁寧な動作で小壜を握り込んだ。その手がそのままスライドしてきて、ほかの誰からも見えないところできゅっと俺の指先をつかんだ。
 ほんのわずかな、苦笑にも似た微笑みがいつのまにかその端整な顔に浮かんでいる。
「……嬉しいと思います」
 左手の人差し指の先が急に熱を持った気がした。
「古泉くん!」
 それからすぐにハルヒの傍若無人な声が次なる合宿の計画を告げて、俺たちは顔を見合わせ、同時にため息をつくことになった。
 やれやれ。
 俺たちもすっかり気が合うようになっちまったものだ。
 外ではまた雪が静かに降りはじめている。せめてそれがハルヒの頭を少しでも冷やしてくれたら言うことはないのだが。

[20080116]