GAME b
三連続で負けても古泉は安定のひょうひょうとした笑顔だった。むかつく。しかし三連敗くらいは最初から想定内のはずだ。これまでカウントこそしちゃいないが、古泉がどれだけ俺に負け続けたか考えてみてもらいたい。
ゲームというのは残酷だ。ある程度の限られた時間の中ではっきりと白黒がついちまう。引き分けということがない。いや、いったん引き分けたとしても、すぐに次のゲームに移って勝敗を決めればすむ話だ。
三日目のゲームは若干趣向を変えてポーカーだった。一回戦はお互いまさかのワンペア、しかもどちらもキングのペアで、やり直した二回戦は俺がAのスリーカードの古泉が役なしだった。
どうせならロイヤルストレートフラッシュでも出して圧勝してやりたかったが、どうもそういう並外れたつきは今の俺にはないようだった。
あっさり短時間で決着がついて、俺は肩の力をつきつつ面白くない気持ちだった。次からポーカーはよそう。まだしもオセロやチェスのほうが知恵を絞る余地がある。
「おやおや」
まったく他人事のように古泉は肩をすくめ、その隣から手の内をのぞき込んでいたハルヒも一緒にあらあらと言った。
「しょうがないわよ、ポーカーなんて半分以上運がものをいうゲームだし」
「それは半分以上、古泉には運がないと言ってるのと一緒だってわかってるか?」
「なによ、運に頼ってちゃダメなのよ、実力でなんとかしなきゃ」
「運も実力のうちってな」
そして古泉には運も実力もないってことだ。泣けてくるねまったく。
自分のことを話されている、それも貶められている方向性だってのに、古泉の笑顔には罅ひとつ入らなかった。こいつのこういうところだけはすごいと思うがもしかしたら単に神経が太いだけかもしれん。
それよりなんだってハルヒは完全に古泉を応援する側にまわっているのか、ただの判官贔屓にすぎないとしても腑に落ちん。
「まあそれはともかく」
やたらとさわやかな笑顔で古泉は話の腰を折りに出たが、それは俺にとっても望むところだった。ハルヒと不毛な議論をしたって意味ないからな。
ところで言い忘れていたがここはいつもどおりの部室なのであり、周囲には長門も朝比奈さんもいるのだが、三日目にしてすでに勝負の行方に興味をなくしたらしく、淡々とそれぞれのやりたいことに取り組んでいる。ハルヒだけは獰猛な瞳を爛々と輝かせているが、さてどこまで続くか見物だな。
昨日の例にならってつい部室に入るなり古泉とゲームを始めてしまったが、決して忘れていたわけじゃない。今日の提出物、イニシャルBのお披露目がまだだった。
「今日は少し悩みましたが」
古泉は手もとの鞄の中から小さな何かを取り出した。手のひらに乗るサイズの平べったいものだ。石、だろうか。
「あら、これ化石ね」
横から目ざとく見つけてハルヒが声をあげた。古泉はその物の形がよく見えるよう、手のひらに乗せて俺の前にさしだした。
「Bone。魚の骨の化石です」
「ほう」
俺はしげしげと灰色の石を見つめた。石自体は直径五センチもなく、食いちらかしたあとのアジの開きみたいな骨が尻尾のほうだけ切り取られて石の表面に横たわっている。
「どうしたんだこれ」
売り物にしては不格好だと思いながら尋ねると、案の定な答えが返ってきた。
「昔、家族で山に出かけたときに拾ったんです」
ありふれているといえばありふれている。子どもをつれて家族で山登り。ずいぶん平和でのどかな光景じゃないか。
だがそれはいつの話だ? 少なくとも三年前からこっち、古泉にそんなことをしている暇はなかっただろう。中学時代をほぼまるまる、すさむ一方の精神をかかえてこいつは神人退治に奔走したんじゃなかったか。
だとしたら古泉がこの石を手に入れたのはそれ以前てことになるだろう。まだまだ幼い小学生の頃。天文少年だったとかつて本人が語ってみせた、知的好奇心に目をきらきらさせた小さな子ども。まもなく自分が本来の興味にかまけている暇も余裕もなくすのだとまったく知らない哀れな子ども。
急に胸がつまって、重いものを飲み込んだみたいな気持ちになって困った。
「これは受け取れない」
目の前に差し出されている手を押しやると、古泉はふしぎそうな顔をした。
「なぜです」
「大事なものなんだろう?」
三年前に降ってわいた義務だの使命だののせいで遠ざからずをえなかった幼い頃の夢のかけらだ。古泉の家族が今どこでどうしているかなんて知らないが、その思い出がいっぱいつまった品でもある。軽々しく他人にくれてやっていいものじゃない。
しかし古泉は少し驚いた様子で目を見開くと、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「大事だと思っていたら手放そうとは考えませんよ。そもそも持っていたことすら忘れていたくらいで、Bで始まるアイテムを部屋で探していたときに見つけたのです。決して高価なものでも貴重なものでもありませんし、条件には合致しています」
俺は眉根を寄せて小さな化石と古泉の顔を交互に見比べた。嘘をついているようには見えなかった。仮に嘘だったとして、古泉がこれを俺に渡そうとしているのは事実で、その裏にどんな心理が隠れているのかどれだけ考えてみてもわからなかった。
大事なものではないから渡そうとしているのか、大事なものをあえて渡そうとしているのか。
興味深そうに目の奥を光らせてハルヒが見守っていたからあまり長く迷っていられなかった。しぶしぶ俺はうなずき、古泉の手から魚の骨の化石を取り上げた。
「わかった」
小石は古泉の体温にわずかにぬくもっていた。目の前にそれを掲げて見つめながら、俺はひそかにこのゲームが終わったら獲得したアイテムはすべて持ち主に返そうと考えていた。
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[20120601]